2011年7月19日火曜日

生誕70年の坂本九さん 「上を向いて歩こう」が静かなブーム


 ■震災後 音楽配信が5倍に

 今年で生誕70年の歌手、坂本九さん(1941~85年)のヒット曲「上を向いて歩こう」(昭和36年)が東日本大震災後、静かなブームを呼んでいる。被災地でミュージシャンに歌われたり、復興に向けたCMソングに起用されたり…。曲のダウンロード数も震災後は約5倍に膨れ上がった。今月21日に発表から50年を迎える同曲の、色あせぬ魅力とは。(竹中文)

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 「被災地に励ましに来る多くのミュージシャンたちが、『上を向いて歩こう』を歌っていると被災者から聞いています」

 こう語るのは、坂本さんの長女で歌手の大島花子さん(37)。「主人が生きていたら被災地に行ったと思う」と話す母で女優の柏木由紀子さん(63)、妹で歌手の舞坂ゆき子さん(34)とともに被災地でのチャリティー活動に励み、10日に岩手県釜石市で開かれたミニコンサート(ビーフアンドラムニュージーランド主催)では約350人の前で「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」などを歌った。

◆半世紀を経て

 この2曲は、4月6日から約1カ月間、飲料会社「サントリーホールディングス」(大阪市北区)のCMソングに起用された。広報担当者は「日本中で幅広い世代に愛されている曲。CMでは71人の歌手や俳優により“希望の歌”のバトンリレーを行った」と話す。

 EMIミュージック・ジャパンによると、「上を向いて歩こう」は音楽配信のレコチョク、アイチューンズ・ストアなどでのダウンロード数が、震災前と後の各3カ月比で約5倍に伸びた。同社は13日、「生誕70年、リリース50年の節目に震災前から企画していた」というシングル「上を向いて歩こう」(1200円)を再リリース。公開中の映画「コクリコ坂から」(宮崎吾朗監督)でも、昭和30年代の青春劇のバックに挿入歌として使われている。

 ◆「笑顔で歌う」

 目にたまった涙がこぼれないよう、上を向いて歩く歌の主人公。この歌が生まれた昭和36年は、日本が戦後復興から高度成長へと本格的に歩み始めた時期だった。38年には「SUKIYAKI」の題名で日本の歌で初めて米ビルボードチャート1位を3週連続で獲得。軽快なメロディーと悲しさを秘めた歌詞に、国境を超えて多くの人々が勇気づけられた。

 被災者がこの歌に合わせて手拍子をしたり、涙を流したりする姿を見てきたという舞坂さんは、「父のように笑顔で歌うことを念頭において『上を向いて-』を歌ってきた。どんなに悲しいときでも笑顔でいようとした、父の気持ちを受け継いでいきたい」と話している。

【プロフィル】坂本九

 さかもと・きゅう 昭和16年、神奈川県出身。歌手。代表曲に「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」「明日があるさ」など。60年8月12日、日本航空123便墜落事故に遭い、43歳で死去した。

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 ■プレスリーの影響も 音楽プロデューサー・佐藤剛さん

 「上を向いて歩こう」は中村八大(はちだい)さん(1931~92年)が作曲、永六輔さん(78)が作詞した。著作「上を向いて歩こう」(岩波書店、2100円)がある音楽プロデューサー、佐藤剛(ごう)さん(59)は「この歌が海外でヒットしたのは、坂本九さんがエルビス・プレスリー(1935~77年)の影響を強く受けていたから」と指摘する。

 「坂本さんはプレスリーの音楽を全力で吸収し、その音楽に日本人の言葉、血、文化を融合させて自分のものにした。新しい日本文化を作る最前線に立っていたから、世界に通用する歌い方になった」

 坂本さんは10代でプレスリーの音楽に出合い、自著では人前で初めて歌ったのがプレスリーだったことも明かしている。その影響は歌い方にも表れ、「上を向いて歩こう」の中で「歩こおう、おう、おう、おう」とエコーのように続く節回しは、プレスリーの曲にもみられるという。

 「その節回しは、プレスリーよりプレスリーの影響を受けた人の方が明解にやっている」と佐藤さん。「坂本さんもビートルズも、エルビスのロックンロールという講座を受けた“同窓生”のよう。この節回しが日本人が外国のロックをベースに歌うときの基本になった」とし、ミュージシャンの矢沢永吉(61)や浜田省吾(58)にもその節回しが受け継がれているという。

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